諸行無常の響きあり

日々の出来事を思いつくままに綴ります

TOYOTA 3000GT (本当は2000TT)

2台目はFRで排気量up+twin turboに

2台目に乗った車はトヨタ スープラ GA-70 だった。

ワイドボディーが追加された中期型で、初のFR。

5速MTで1G-GTEUという直6DOHCツインターボ

ロングノーズ、ショートデッキで3ドアハッチバック

流麗なボディーは、流面形セリカとは違い『速そう』

 

f:id:supertomcat:20170519082732j:plain

 

サイドビームは黒だったような気がするが、

アルミホイールはこのデザインだった。

ノーマルボディーだったのか?あまり覚えていない。

 

f:id:supertomcat:20170519082944j:plain

 

流面形セリカもそうだったが、リトラクタブルヘッドライト全盛で、

流れるラインを出すには、分厚い前照灯を収める必要があったのだ。

その後のMCで2500ターボの280ps車(1JZ-GTE)が追加された。

このエンジンは当時のトヨタ3兄弟(マークⅡ、チェイサー、クレスタ)

にも搭載され、4ドアハードトップ車に煽られることもあった。

 

2000ccツインターボ車はグレードで言えば中間で、

ボディーに比べるとアンダーパワー感は否めなかった。

なりはスポーティーにもかかわらず、

4ドアのファミリーカーの後塵を拝するとは・・・

 

f:id:supertomcat:20170519083838j:plain

 

しかし、それでも非常に気に入っていて、

大事に乗っていたつもりだったが、

FR+ターボ車の特性を把握しきれておらず、

ツインターボとはいえドッカンターボだった)

雨が降り始めたインターチェンジ流入路で

後輪を激しく滑らせて制御不能になり、

ガードレールに頭から突っ込んで

ラジエター液が噴出する衝突事故を起こした。

 

幸いなことに単独事故だった。

当時はまだエアバッグが存在せず、

シートベルトも義務化されていなかったので、

ハンドルの12時付近で下顎部を強打して

たんこぶを作ってしまった。

奇跡的に外傷はこれだけで済んだのだが、

クルマは廃車寸前で、車両保険に入っておらず、

70-80万ほど修理費を掛けて3か月後に帰ってきた。

 

直進のハンドル位置が微妙に右にずれているが、

「ハンドルのピッチの問題ではない」と

お茶を濁したような答えしか返ってこない。

もしかしたら廃車になるところを、

無理矢理走れるようにしてくれたのかも。

 

それでも初回の車検を通して、結局5年弱乗り、

下取りは20万程ついたのだった。