諸行無常の響きあり

日々の出来事を思いつくままに綴ります

北海道上陸まで

北の大地はそれまでにも何度か訪ねていた

家族旅行と大学生の時の貧乏自動車旅行だった。

クルマでぶらぶらと走り、その日の宿を探す。

道庁所在地の札幌以外は全て民宿だった。

 

これが断片的にしか記憶に残っていない。

サイロの風呂に入って体育館でジンギスカン食べ放題、

起床後の早朝乗馬をした牧場民宿は覚えている。

それ以外は・・・昭和新山でイカ焼きを食べたとか、

北海道のへそという看板を見た、とか・・・

1週間以上居たはずなのに。

 

2泊以上の一人旅は初めてで、移動手段が二輪なのも初。

考えれば、テント山行もしたことがなく、自炊も初。

『今でないと出来ない、独身最後の長期夏休み』

そんな思いに背中を押され、出発間際に雨で迷ったが、

闇夜の雨の高速をぶっ飛ばして行った価値はあったのか。

 

大学生活をもっと違う形で過ごせばよかったと

後悔したが先に立たず。それぐらい『行ってよかった!』。

ほとんど全行程を鮮明に覚えている。つい去年のような感覚で。

もう20年も前の話になるのに。

 

さて、新日本海フェリーは2等B寝台である。

大きな部屋に箱型の2段ベッドが並べられており、

仕切りはカーテンだったが、個人のスペースは確保されており、

2等雑魚寝とは雲泥の違い。数千円高かったが。

 

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現在は運航されていない、敦賀新港⇔小樽が30時間掛かってた。

いまは19-20時間でほぼ同じ距離を運んでくれるようだ。

23時30分か45分かに出航し、翌日丸1日は海上。

同じ航路の反航船とすれ違うぐらいで、天候は晴れ、穏やか。

その次の日は午前4時に入港接岸なので、3時には起きないとならない。

 

当時は携帯電話がまだなく、ポケベル全盛だったが、当然圏外。

同じようなソロツアラーと話をしたり、ガイドブックを見たり。

それぞれの計画を確認したりして、ソワソワと落ち着かない期待感。

 

朝昼兼用と夕食はどちらも持ち込みのカップ麺で、お湯は無料。

缶ビールをしっかり飲んで21時前には就寝した。

 

気分はこの5年前に大ヒットした『ダイヤモンド』そのままだった。

ヘルメットの中で歌っていたのはZARDの『揺れる想い』が多かったが。